4時起床

悟りを開いて働きながら思い出したことがあって、

昔アルバイトしてた家庭教師の小学生の子が、友達と喧嘩をしたが相手が悪いのに親が謝りなさいということに納得いかないということを相談してきた。

話を聞いたらたしかに相手が悪い、

何か物事があったときまず自分の非を考えることが大切なことは話した上で、その子に謝れというのは理不尽かもしれない

のだけど、

嫌かもしれないけどここで謝ることがなんで大切かというと、あなたが悪くなくても相手は怒ってるもしくは嫌な思いをして終わってることに間違いはないよね、だから謝るんだよといったら納得した

で、謝ったら相手が悪いのは自分なのにごめんと泣いて謝ってきたという、

そういう場面がいくつもあった。

企業で働いていたときは理不尽の連続、
意味の不明なクレーム、

でもそういうひとにわたしは悪くないですというのは無駄、
わたしは1200パーセント悪くなかったからよくいうお客様のお気持ちわかりますは嘘になるのでいえなかったけど、

お客様に不快な思いをさせてしまったことについては申し訳ございません、はきちんというようにしてた。

でも、その理不尽も全て受け入れた先は信頼だったし、そういうひとは結果的に必ずリピーターになった。

前の仕事でもスタッフに理不尽なクレームに同じように謝らせたことあったな。

人との別れもそう、
どんなにむかついても憎悪で別れるのは良くない。浮気すらそうさせたわたしが悪かったねと謝ってきた。許せないという感情をぶつける意味がない許しはしないけど(笑)

で、お決まりだけど必ず数年後もどってくる。いろんなひととつきあったけれどやっぱりきみが忘れられないんだ、みたいなやつ。おそいけどね。

なにがあってもどんなことがあってもうわべだけ謝るとか、下心をもっていいこといっておとくとか、それはよくない。というか意味がない。でも事実に対して向き合うという姿勢は大切にしたいとこれからもおもっています。

し、もし子供と接触する機会があったり自分にいつかできることがあったりしたら、
思いやりのある子、
つまりいろんなことをそのままにしない責任感と人の気持ちを本当に考えられる子になってもらいたいのでそういう教えをすると思います。


ねるくまの部屋

ねるくまの菜の花キャリアから変更し、個人HPにしました。

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